幸福の科学って何? 大川隆法著 『青銅の法』P.49

【自分の弱さやつらさの意味】


例えば、病人になることで、みなが当たり前に思っているような、人間としての基本的な尊厳が失われる部分も多いでしょう。


一例としては、尿を採るのが面倒くさいからと、車椅子に乗るときであろうと、いつも、採尿バッグをチューブで着けたままにして動いているようなこともあります。


あれは本当に恥ずかしいだろうと思います。つらいでしょう。



手抜きと言えば手抜きなのですが、お小水を一回一回採ると面倒なので、そういうことをされるわけです。


また、“おまる”のようなものを使って、ほかの人に下の世話をしてもらうのも、とてもつらいだろうと思います。


それは、社会的に活躍した人であればあるほどつらいでしょうし、恥ずかしく感じることでしょう。



ただ、人間として、いろいろな人の立場や感情を理解するためには、そういう経験も大事なことなのです。


自分自身か、あるいは他の人がそういう経験をすることもあるかもしれません。


それもまた「自分が、人間として、真っ当に生きているのかどうか。当たり前の人間なのかどうか」を知るという意味では、非常に大事なことでしょう。



人間の弱さ、つらさ、厳しさ、悲しさ、こうしたものが分からないでいるようでは、例えば、文学などを読む資格はないと思います。


あるいは、芸術等を味わう資格もないでしょう。


そういう感情や感性を育むことによって、多くの人々の気持ちが分かる人間になっていかなければならないと、私は思っています。


(『青銅の法』P.49)

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